学生時代から尊敬する先輩がつとめている精神科病棟に配属され、看護師としての人生が始まりました。その中で病院から社会への橋渡しができる存在が必要だと痛感し、昭和56年4月、国立金沢病院の医療スタッフの協力のもと、私たち夫婦で自宅を開放して、精神障害者のための社会復帰施設、石川ハーフウエイケアセンター(現NPO法人 IHCCことじ)を立ち上げました。場所や対象を選ばず、いかなる人に対してもその人らしい人生を送ることができるようサポートできると信じて、利用者の応援団長だと思って日々あわただしく過ごしています。皆様も看護師としての可能性を信じてがんばってください。地域でこうして活動している私たちにも、今後ともご協力をお願いいたします。
金沢市議会議員の1年生です。市政に看護職や介護職の現状、子育て中の方の要望や女性の働く現状など看護協会・看護連盟の声を伺いながら取り組んでいます。実に初選挙は看護同級生、先・後輩に支えられ頑張る事ができました。皆さま、人と人との出会いを大切にして、その時々に今だからできることを選択して歩んでください。
多様な選択が可能な今日、21世紀の看護師には生涯学び、求め続けることが大切だと考えます。その中で最も大切なことは、”楽しく向き合うこと”です。自分のアンテナを高くして頑張ってください。
看護学校を卒業してから随分と年月が過ぎてしまいました。学生の頃には、「結婚したらすぐに退職、【専業主婦】と思っていた筈?なのに、何故か、今でも看護師として働いています。
難しいこと、嫌な事が多い看護の現場ですが、人と人との触れ合い、コミュニケーションを通しての楽しい思い出を、いっぱい体験してきたからこそ、ここまで看護師を続けられたと思っています。看護師は大変な仕事ですが、やりがいのある仕事だと思います。
看護学校時代の友人とは、今でも連絡をとっています。
月日の流れとともに、看護学校時代の楽しい思い出だけが残っています。
先輩にあたる私にとって、後輩の皆様の学業に励む純粋さや熱い思いに触れて、いつも力をいただき、感謝の気持ちでいっぱいです。
自分の内なる力を信じ、想いを高く持ち、考えながら行動できる看護師に成長してほしいと願っています。
いつも必要とする時に、さりげなく手をさしのべてくれる仲間たちがいてくれます。
そして、魔法の言葉は「ありがとう」。いつでも、どこでも、誰にでも・・・。





